「ジーザス・クライスト=スーパースター」 偏見ほど怖いものはない

3月 18th, 2009

「ジーザス・クライスト=スーパースター」(エルサレムバージョン)
公開:1973年?
作曲:アンドリュー・ロイド・ウェバー
作詞・台本:ティム・ライス
訳詞:岩谷時子
美術:金森馨
振付:山田卓
照明:沢田祐二
音楽監督・指揮:渋谷森久
演出:浅利慶太
出演:金田俊秀、金森勝、西珠美


■あらすじ
聖書を題材にイエス・キリストの最後の7日間を描いたロックミュージカル。ひとりの人間として神や民衆の狭間で苦悩するイエスの姿を、ユダの視線を交えながら描いた作品。

■感想
ウィキッドに続いて観た劇団四季「ジーザス・クライスト=スーパースター」は、エルサレムバージョンを鑑賞。
今回の公演では色々と考えさせられました。

最初の感想は。
「がっかり」でした。
特に終わり方がナイフで切ったように感じてしまい。
あっけにとられてしまった。
素晴らしいな、凄いな、という面は個々にはあったのだけど。
歌や演技に、中身よりも段取りを感じてしまった。
ジーザスのシャウトは、ただの音にしか聞こえなかったし。
キリストの最後の7日間というのも、自分は感情移入できなかった。
思いっきり仏教徒だし。(そうでもないか)

次に考えたのは。
「もしかしたら自分に問題があるのかもしれない」ということ。
自分が今まで歩んできた演技は「個性を活かす大事にする」芝居。
それに集中するあまり、個性のない芝居への嫌悪感(大抵は自分に向けられる)が人一倍あったりする。
それが障壁になってるなと。
少なくとも、周りのお客さんは涙し歓声を上げているし。
自分の感覚を信じきるのも大切だけど、疑ってみるのも大事。
そう思って、もう一度思い起こしてみた。

そうしたら、少し違って見えてきた。

アンサンブルの子達の顔が思い浮かぶ。
作品の力か劇団のプレッシャーか、個性が押し消されそうになりながらも必死に役を全うしようとしていた。
彼らに決して個性がないわけではなかった。
それぞれが役を楽しんで演じていた。
最初は楽曲になじめず、敬遠していたユダ役だけど。
彼だけは言いたいことが少しずつ伝わってきていた。
そのせいもあってか、ユダ役にはとても共感した。
一人ひとりが、この作品に必死になっている様が良く分かってきた。
彼らには熱があったのだ。
一番大切な熱が。

ロックミュージカルと銘打つが、楽曲を発表した時代は1969年。
今のロックとは感覚が違う。
日本では「ブルー・ライト・ヨコハマ 」がヒットしていた時代だ。
バラードが主体の楽曲で、湿っぽくもあり。
初めて聞いたこの作品は退屈なものだった。
でも、今でも耳に残っている。
あらためてCDを聞いてみようと思う。
確かにウィキッド程にはハチ切れていないし、ロングラン公演の弊害か新鮮さを感じられない面もあった。
けど、最初に思ったより悪くない。
むしろもう一度観たいとすら思った。
きっと違う感想を持つはず。
自分の偏見ほど恐ろしいものはないなと思った次第です。
次回の鑑賞が楽しみだ。

後日。
「Jesus Christ Superstar [A Decca Broadway Original Cast]」 のCDを聴いた。
凄く良かった。
作品として。
メローなロックじゃないし、シャウトにも意味があった。
ロックしていた。
こういうのを日本語にすること自体が難しいのかな...。


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     座右の銘は「虚心坦懐」。尊敬する人は「Michael Jackson」と「Robert Downey,Jr.」。自分の「ココロ動いた」ことを中心に綴っています。>> about

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